境内のご案内
円政寺の境内

円政寺内金毘羅社社殿
金毘羅社は初め現在地の西側にあった田辺氏の屋敷神であ ったが、霊験あらたかで、多くの人々が信仰するようにな り、遂に現在地の所にあった法光院の境内に、片河町の町人 某が願主となって造営したと伝えられている。
その建立年は「防長寺社由来」に八世住職宥光によって、 享保十六年(一七三一) 以前に建てられたと書かれている。 また大正十年(一九二)に金毘羅社で二百年祭が行われて いるので、少なくとも今から二九五年以前の建立と思われる。 本殿は一間社流れ造り、檜皮葺きで桁行一七三メート ル、梁間一・二〇メートルの大きさで、 主要材はケヤキ、 柱 は丸柱である。釣屋は桁行五四一メートル、梁間五一〇 メートルの桟瓦葺きで、内部は畳敷きである。
拝殿は一重裳階付、入母屋造り本瓦葺き、前面庇は銅板葺き 唐破風の桁行四・○メートル、梁間六一メートルの建物で、 主要材はケヤキ、 柱は丸柱で本県独特の楼造り風である。
欄間には十二支の彫刻が廻らされている。
このように社殿が地方色の濃い古い建物であることと、 神仏習合の形態が今でも見られる貴重な遺構である。

山門
円政寺の表門である山門は桁 行二・四二メートル、梁間一 三四メートルの、二本の柱の 上に本瓦葺きの切妻屋根をのせ 門形式で両袖に一三五メ ートルの潜門が付いている。 建 築年代は不明である。

神馬 (木馬)
この木馬は文政三年(一 八二〇) 五月、萩浜崎町の 金子音松が神馬として金 羅社に奉納したもので、山 大内在住の安永貞右衛 門が造ったものである。

石鳥居

石燈籠
石質は安山岩製で高さ四・三メートル、さらに七七センチメートルの四段の台座上に立ち総高五メートルの巨大な燈籠である。竿の部分の竜の高彫はすばらしく、高さ一・一四メートル、直径五二センチメートルの大きさである。 製作年代は安政五年(一八五八)、萩の石工五嶋吉平恒徳、同山中武祐利豊の共同製作で、付近の町人たちが寄進したものである。